音楽講座!?

bearsmick2006-11-04

土曜日だから、きっといろんな人が来ているだろうと思って、張り切って飲みに来てくれました、ナテっち。(普段の日はクルマで来るので飲めません。なんてったて小一時間かかるY町から来てくれているんですから、ありがたいものです。)
ところが、相変わらずの閑さです。ということで普段あまり聴かないような、また、未知の音楽への旅へと導くことにしました。というのも音楽聴きながら話をしていると、渋いブルースとかにはマニアックなアプローチをしているようなんですが、欧米以外の所謂ワールド・ミュージックといわれるような音楽は知らないようだったからです。
事の始まりは、「何か聴きたいものある?」と聴いたところ、「サンタナが聴きたい」という答えからでした。で「アブラクサス/天の守護神」を聴いて、話の流れからカルロス・サンタナの弟ホルヘのバンド、マロへ、さらにそのホルヘ・サンタナのソロ・アルバムのジャケット(ちょっとエッチで素敵ななヤツ。写真は今度の機会にアップしようかな。笑)で盛り上がり、80年代の音楽の話になった時に、僕が影響を受けたアフリカの音楽の代表としてキング・サニー・アデ「ジュジュ・ミュージック」(写真)を聴かせたら、なかなかの良い反応。そうしたらサリフ・ケイタフェラ・クティと当時のワールド・ミュージックに嵌っていた頃を思い出すように聴き進みました。今聴いてもカッコ良かったです。
最近はめったに聴いていなかったのですが、その「ジュジュ・ミュージック」は1982年に発売されたとは思えない新鮮さがありました。当然、世界マーケット向けに加工されたアフリカのポップ音楽だったわけですが、ボブ・マーレーのレゲエで当てたアイランド・レーベルが、ボブ・マーレーに続く第三世界からのスターとして目を付けたのがキング・サニー・アデだったのでしょう。トーキング・ドラムやシェケレなどのアフリカン・パーカッションに絡む数台のギター(スティール・ギターも含む)によるアンサンブルは、その音の加工も手伝って、トリッピーに飛ばせてくれるものでした。アフリカ音楽特有の時間軸に裏付けられた長い曲に身を任せると、メチャ気持ち良いんです。
同じナイジェリアでもフェラ・クティの音楽は、アフロ・ビートと呼ばれるワン&オンリーな世界で、その社会的な姿勢や立ち位置、ジェイムス・ブラウンとも相互作用を行った強力なビートによって、世界に影響を与えたことなどを話ながら一緒に聴きました。もちろん僕が持っているのはみんなアナログのLPです。
そうして、ジャガタラを聴いてみると、一層分かりやすくなったようで、ナテっちも「がばっ、カッコよか。」と満足そうでした。(じゃがたらの「南蛮渡来」は1982年の発売でした。早いです。)
同じバンドをやっているので、一緒にいろんな音楽を聴いて感じ学びたいのですが、自分たちがやるタイプの曲を聴くんじゃなくて、その他のジャンルを一緒に聴くというのが必要だし面白いことだと思います。DSDのメンバーにもそんな機会ご一緒したいと思った今日のアンクル・ミックの音楽講座でした。(笑)